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1月6日に、総合運動場で「新春マラソン大会」が行われ、411名のランナーが新春の袖ケ浦を駆け抜けました。
開会式では、ゲストランナーを代表して吉田 礼志さんから挨拶があり、箱根駅伝出場への応援に対するお礼と、「将来、袖ケ浦から箱根ランナーが誕生することを楽しみにしています。」と、参加した小・中学生にメッセージが送られました。
▼広報そでがうら2月号でも写真を掲載予定です👀💭本紙発行をお楽しみに!






蔵波小・中学校出身。
A.緊張しましたが、前日は普段通り寝られました。宿泊していたホテルからスタート地点に向かうまでが1番緊張しましたね(笑)。
A.何も考えずに、走ることに集中していました。沿道の人も見えないぐらい集中できていて、ゾーンに入っている感じでした。蔵波中の同級生も沿道に駆けつけて応援してくれていたみたいなんですけど、集中していたので見つけられなかったです(笑)。
A.チームでシード権を狙っていましたが、結果は19位と程遠い結果になってしまいました。自分も目標としていた「区間5位以内」とは程遠い結果でしたし、まだまだ力不足だったなと思います。今年からは、もっと気を引き締めて取り組んでいかないと、シード権は遠いなと思いました。
A.直近だと、2月にハーフマラソンの大会があるので、そこで日本記録を狙っています。そのあとのことは、これからですね(笑)。
昭和小・中学校出身
A.漢字1文字で表すと「転」な1年でした。実は一昨年に鎖骨を骨折してしまい、全く競技ができない状態でした。しかし、これをチャンスに変えようと思い、この怪我が「転」機となりました。そこから復帰して、今シーズンは海外レースを「転」戦してさまざまな大会に出場できましたが、大会では細かなミスが響き、惜しくも8位以内の入賞できないトップ「10(テン)」入りが多い1年でした。極めつきは、大舞台の日本選手権で、大歓声のフィニッシュ手前で「転」倒して表彰台を逃してしまうという…(笑)。
昨年が「転」な1年だったからこそ、今後は起承転結の「結」の年になるようにしていきたいです。2024年はパリ五輪がありますが、その次の2028年のロサンゼルス五輪を目標に、そこが最終的な結になるように頑張りたいです。まだ転の時期が続くかもしれませんが(笑)、あと4年もあるので、しっかり仕上げていきたいです。
A.2028年のロサンゼルスオリンピックに向けて、1つずつこなしていきたいです。とくに日本国内のレースでは、佐賀国体と日本選手権が大きな大会になってくると思うので、表彰台を目指して日々取り組んでいきたいです。
昭和小・中学校出身
A.一昨年に故障してしまい、去年の春は怪我からのスタートでした。思うように走れない日々が続き、メンバーに入ることはできたが選手として走れない、など悔しい思いをしました。その悔しさをぶつけられたのが、昨年末に行われた「富士山女子駅伝」です。選手としてチームに貢献する走りができ、最後の大会をいい形で終わることができたので、2023年は、いい年だったと思います。
A.同じ4年生の選手が2人いるのですが、その子たちがメンバーに入れず、私だけメンバーに入ることができました。その子たちの想いも背負って、選手として最後を終えたいなと思っていたので、プレッシャーもありつつでしたが、最後はいい形で、拓大も7位でゴールできたので、貢献できてよかったなと思います。
A.この先は選手を退くので、趣味や健康維持のために走るくらいですかね。大会に出場することも今は考えていませんが、アクアラインマラソンには出たいなと思っています。
2024年1月6日取材
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